東京・六本木 寿司屋?定食屋?「2つに分かれた店内」と「定食に感じる理由」【店舗デザイン研究】

和の演出がつくる「入りやすさ」:白木と暖簾のファサード戦略

六本木ヒルズの地下、日常的にランチをする場所として多くのビジネスパーソンが行き交う中、「びんとこな」のファサードは和の要素をしっかりと押さえている。大きく掲げられた暖簾は、視覚的に“和の入り口”であることを強く印象づける装置となっている。寿司屋というと、やや入りにくい印象を持たれがちだが、この店はその敷居の高さを和らげている。

店内に入るとすぐ、白木の寿司カウンターが出迎えてくれる。ここだけを見ると、まさに正統派の寿司屋の趣だ。白木の美しさ、左官で塗られた壁の柔らかなテクスチャ、清潔感のある照明。すべてが「本格的」である。

しかし、数歩奥へ進むと、そこにはテーブル席が広がる。空間の雰囲気は一変し、落ち着いたがよりカジュアルな「和食のダイニング」としての顔を見せる。照明のトーンもやや明るく、客層も一気に広がる。グループでのランチ、家族連れ、観光客。多様なシーンに応える空間設計となっている。

  • 大暖簾が「和の入りやすさ」をつくる視覚的な装置
  • 白木カウンターは寿司業態の品格を演出
  • 店内奥のテーブル席が“定食屋”としての印象を強める

なぜ“定食”と感じるのか?空間・立地・構成に潜む理由

「寿司屋なのに、なんだか定食屋のように感じる」。この印象の背景には、いくつかの要素が重なっている。

メニュー構成

第一に、メニュー構成。ランチタイムには寿司だけでなく、焼き魚や揚げ物を中心とした定食が並ぶ。特に「マグロカツ定食」は、ジューシーで肉厚なマグロをトンカツのように仕上げたボリューム満点の一皿で、まさに“和の定食”そのものだ。

空間の明るさと開放感

第二に、空間の明るさと開放感。照明は非常に明るく、素材も白木や明るい左官材が中心。個室感はなく、すべての席がフラットに広がっているため、寿司屋独特の“緊張感”がない。空間から得られる体験が「手軽な食事処」に近いことが、定食感を強めている。

立地の性質

第三に、立地の性質。この店は六本木ヒルズのメトロハット地下2階に位置しており、同じフロアにはさまざまなカジュアル飲食店が集まっている。ユーザーの心理としては「今日はランチで何を食べようか」というテンションで訪れるゾーンであり、“フォーマルな寿司屋”のイメージとはややズレがある。

そして最後に、空間サイズとオペレーション。奥のテーブル席は広く、席間もゆとりがあり、どこか学食のような“皆で食べる空間”のように感じる。寿司職人の姿が見えるわけでもなく、スタッフも効率重視で動いている。その合理性が“高級感”よりも“食事効率”を感じさせる理由だろう。

  • メニュー構成が寿司より定食に寄っている
  • 空間が明るく開放的で、個室性がない
  • 六本木ヒルズB2という“食事フロア”にあることが与える日常感
  • 席が広く、回転重視の設計になっている

空間を“二分割”にした理由と、その設計的メリット・デメリット

寿司カウンターとテーブル席という明快な空間分割は、非常に戦略的だと感じる。寿司カウンターは職人の技を間近で感じられる一方で、客単価が高く、滞在時間も長くなる傾向がある。それに対して、奥のテーブル席は回転が早く、幅広い客層を収容できる。これは空間の収益構造を多層的にするうえで非常に有効なアプローチだ。

また、六本木という多様な人々が集うエリアでは、ランチで立ち寄るビジネスマン、観光で訪れる外国人、夜に家族で外食する地元住民など、さまざまなニーズが存在する。これらを一つの空間で受け止めるには、「用途別空間」が必要になる。

ただし、デメリットも見えてくる。空間が明確に2つに分かれているため、「この店は何屋なのか?」というブランディングがぼやける可能性がある。寿司屋として入ったのに、定食屋に案内されたような感覚は、場合によっては期待とのギャップを生む。さらに、レジカウンターと厨房の位置関係がやや複雑で、スタッフの動線に無駄が出やすい設計にも感じられた。

  • 二分割構成で多様な客層に対応:ランチ/夜/観光
  • 高単価ゾーン(カウンター)と高回転ゾーン(テーブル)のバランス
  • ブランドがやや曖昧になるリスク
  • レジと厨房の動線にやや非効率あり

価格と満足度のバランス感覚

この日のランチは2人で3,600円。1人あたり1,800円前後という価格帯は、定食としては高めだが、料理の質や空間の雰囲気、接客のレベルを総合的に見れば、むしろ“良心的”と感じた。

「美味しいだけでなく、また来たいと思えるか」。それが飲食店の評価を決める軸だとすれば、「びんとこな」はその点で非常に優秀だ。カジュアルな空間設計でありながら、料理のクオリティはきちんと保たれている。このギャップの心地よさが、リピーターを生み出す理由だろう。

  • 客単価は定食としては高めだが、納得感あり
  • 空間・味・サービスのバランスで満足度が高い
  • 高回転の設計で利益率も確保

設計者視点のまとめ:飲食店開業を目指す人へのヒント

「びんとこな六本木ヒルズ」は、寿司屋としての演出と、定食屋としての気軽さを両立した非常にユニークな店舗だ。空間の二分割、メニューの構成、照明や素材感、そして立地の活かし方。どれを取っても、よく考え抜かれている。

これから飲食開業しようとする方にとって、この店舗は多くのヒントを与えてくれるはずだ。

  • 客層ごとに空間を明確に分ける設計が有効なケースもある
  • 高級感よりも“日常使いしやすい和”が受け入れられる
  • メニュー・動線・照明・席の配置が“使われ方”を決める
  • ブランディングとオペレーションの整合性が鍵になる

寿司屋でありながら、定食屋のように気軽に入れる。そんな“中間領域”を丁寧に設計した結果が、「びんとこな」の成功につながっているのだと感じた。

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