はじめに:街の端で生まれた、日常のご褒美空間
ブレーメン通り商店街を、駅から10分ほど歩いた先。
人通りが少し落ち着き、日常の匂いが戻るエリアに、小さなオムライス専門店「ぽわるぅ」はあります。
この計画が始まったのは2023年の冬。
依頼主は建材リースを本業とする企業で、飲食業は初挑戦。
初出店にあたり、「設計・運営・法規・集客までワンストップで伴走できる会社を探している」と相談を受けました。
立地は駅前ではなく、いわば“生活導線の終点”。
だからこそ求められたのは、派手なデザインではなく、
「つい立ち寄りたくなる」空気のデザインでした。
私たち飲食店デザイン研究所(RDL)は、
“店舗デザイン=集客デザイン”という信念のもと、「入店動機」「滞在心理」「再訪理由」を建築的に設計します。
今回の「ぽわるぅ」は、その哲学を最も体現した一例となりました。
店舗概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 住所 | 神奈川県川崎市中原区木月3-9-36 |
| 周辺環境 | 商業立地(ブレーメン通り奥/住宅密集地に隣接) |
| 竣工時期 | 2024年7月 |
| 席数 | 30席 |
| 客単価 | ¥1,000~¥1,999 |
| 月商想定 | 約300万円(イートイン220/テイクアウト100) |
| 投資額 | 約1,800万円(設計費含む) |
| 家賃 | 46万円(当時) |
どのようなお店を目指したか

「おしゃれ過ぎず、落ち着きすぎない」居心地の黄金比
オーナーの第一声は、「少しレトロで可愛い店にしたい」でした。その一言に、今回の方向性が詰まっていました。
ブレーメン通りは多くの店が並ぶ商店街ですが、駅に近いほどテイクアウト、奥に進むほど住宅街。
つまり「ふらっと寄る」より「わざわざ来る」お客様が多い立地です。この条件で集客を成立させるには、
「わざわざ行きたくなる」感情を設計で生むことが鍵でした。
設計コンセプト
- 外観は“可愛げ”で惹きつけ、内装は“落ち着き”で留める。
- 昼は光と白壁で爽やかに、夜は木の質感で穏やかに。
- SNS映えと日常利用、その両立を空間で実現する。
設計の始点:街を歩いて見つけた“リアルな顧客像”

現地調査は午前と午後の2回行いました。午前は買い物に来る年配層、午後は子連れの母親や学生が多い。夜はファミリーよりも、散歩途中のカップルが立ち寄る。つまりこの街では、「何かのついで」に立ち寄る人が主役。“生活導線の中での外食”が多く、リピートを前提に設計する必要がありました。
この洞察をもとに、空間を3つの滞在モードに区分。
- 短時間滞在ゾーン(入口付近):券売機とテイクアウト窓口
- 標準滞在ゾーン(中央席):2〜4名利用を中心とした回転席
- 長時間滞在ゾーン(奥席):半個室でカフェ利用に対応
1店舗の中に「食事・休憩・余韻」の動線を共存させることで、客層の広がりと回転率の両立を実現しました。
建築的な視点:箱を知り尽くした設計から始める

この建物はRDLが新築時に関わった物件。構造・防火・設備系統まで把握していたため、消防や保健所協議をスムーズに進められました。事前に収容人数・非常ベル・誘導灯などを整理し、“20名超=非常警報設置”といった条件を先読みで設計に組み込み。工期短縮とコスト圧縮を同時に実現しました。
RDLが行う設計段階での実務サポート
- 消防・保健所・役所との法規事前協議
- 収容人数計算/避難距離/防火区画の調整
- 設備設計と意匠設計の連携図の作成
- 設計・見積・工程表の三位一体管理
これらの工程を「設計期間の中で完結させる」のがRDLの特徴です。ただ“デザインする”のではなく、実現できるデザインを制度上から設計する。それが、飲食店のスピード開業に直結します。
視点のデザイン:見られ方を制御する設計
店舗に入った瞬間、まず目に入るのは白い腰壁と可愛らしいテント。その背後に広がる柔らかな照明と、木のテーブル。
この“入り口数秒の印象”が、入店率を決めます。RDLでは設計段階で「視点デザイン」をシミュレーションします。お客様が立ち止まる位置、腰掛ける位置、注文する位置から、どこまで厨房が見えるか、他の客と視線が交わるかをすべて検証。女性客の足元が外から見えないよう腰壁を設け、券売機の機械感を緩和するための目線遮断ラインを設定。これにより、外観の可愛さと店内の安心感を両立しました。
視点設計のポイント
- 外部からの見え方=入店率を左右する
- 腰壁・家具高さ・鏡面反射を使い“見せすぎない美しさ”を作る
- ミラーの配置で奥行きと賑わいを演出
- 視線の遮断=心理的安全性の設計要素
光の検証:照明は“時間をデザインする要素”


飲食店では、光は単なる明るさではなく、時間の流れそのもの。「ぽわるぅ」では昼と夜でまったく違う印象を与えるよう設計しました。昼は白壁とレンガに自然光が反射し、清潔で明るい印象に。夜は間接照明を中心に、温かく包まれるような陰影を演出。“写真に写る光”を意識し、SNSでの発信にも耐える色温度に調整しています。照度だけでなく、“どこを暗くするか”の設計がポイント。通りに近いエリアはやや明るめ、奥席は少し抑えて余韻を残す。お客様が「また来たい」と感じるのは、光が記憶をやわらかく残すからです。
光設計のチェックポイント
- 昼夜二相照明(時間帯で光を切り替える)
- 光源の演色性と色温度(2700K〜3000K)
- 間接光と拡散光の比率を検証
- 写真に写る光量を施工段階で微調整
コストコントロール:長く使えるデザインを最初に仕込む


多くの設計者が「初期費用を抑える」ことを意識しますが、RDLでは「維持費を抑える」ことを最初から設計に織り込みます。厨房の水回りを左側に集約することで、配管距離と工事費を最小化。腰壁と床仕上げには耐久性の高い素材を採用し、5年後の再塗装・補修コストを見越した設計を行いました。また、券売機やタブレットオーダー導入により、ピーク時の人件費を最大25%削減。初期投資を“効率に変える”ことで、回収期間を短縮しています。
RDL式コスト設計の考え方
- 初期費用は“未来の維持費”を圧縮するための投資
- 水回り集約×動線最短化=コスト×オペ効率の最適点
- 耐久仕上げ=中期リフォームコスト削減
- DX投資=人件費圧縮×顧客体験の質向上
入りたくなるデザインとは?

レンガと白壁、黄色いテント。それは一目で「オムライス」を連想させる記号的デザイン。ただし、情報を詰め込みすぎず、余白を残すことがポイントです。昼は通りを歩く人が「かわいい」と感じ、夜は「あの店、落ち着きそう」と感じる。この“二段階の好感”が、入り口での勝負を左右します。
RDLが考える「入りたくなるデザイン」
- 感情の第一印象を操作する外観デザイン
- 色の記号化(卵=黄色・皿=白)で視覚的理解を促す
- 一歩先に想像できる世界観を作る
また来たくなるデザインとは?

席に座ると、照明の柔らかさと音の静けさに気づく。奥の半個室席では、自然と会話が弾み、時間がゆるむ。その体験が“また来よう”という無意識の記憶を生みます。内装は、レトロ喫茶のような温度感をベースに、装飾を抑えながらも「丁寧さ」が伝わるディティールを重視。誰でも居心地よく過ごせる“安心の中立デザイン”を目指しました。
再訪を生む設計要素
- 音・照度・視線・距離感を建築的に調整
- 小さなご褒美(食後のパフェ・ソーダ)導線を仕込む
- 家具の高さと照明角度で会話の落ち着きを作る
行きたくなるデザインとは?

現代の集客はSNSと口コミで決まります。RDLでは設計段階から「写真・動画で映える導線」を考えます。“オムライスを割る瞬間”が自然に撮影できる席配置。通りから厨房の動きが少しだけ見える窓。これらはすべて、UGC(ユーザー投稿)を誘発する設計です。
行きたくなるデザインの仕掛け
- “人が映る風景”を設計する
- 写真に収まる奥行きと余白をつくる
- SNSで拡散しやすい色と照度を整える
集客の成果とその理由

オープンから1年を待たずして、「ぽわるぅ」はブレーメン通りの新しい目印になりました。昼は満席近く、夕方以降はカフェ使いの女性客で賑わいます。口コミでは、「ふわとろの割る瞬間が楽しい」「スタッフが温かい」「外観がかわいくて入りやすい」といった声が多く見られ、SNSでも自然な投稿が拡散を続けています。
想定売上モデル
30席 × 70%稼働 × ¥1,500 × 3回転 × 28日 ≒月商265万円
テイクアウト・デザート導線強化で300万円ペース
まとめ:生活導線にこそ、次の飲食の可能性がある

「ぽわるぅ」は、駅前でも繁華街でもない場所で、“普段使いの小さなご褒美”を提供する店舗として成功しました。ブレーメン通りの終点という立地は、一見ハンデのようでいて、実は“生活導線の結節点”でした。だからこそ、派手なデザインではなく、心地よい安心感の設計が必要だったのです。
RDLがこのプロジェクトから得た5つの教訓
- 外観=入店動機/内装=再訪動機/SNS=拡散動機
- セミセルフ×テイクアウト×DX導線で人件費と待ち時間を最適化
- 法規・設備・構造を理解した設計者が、工期・コストを制御する
- 水回り集約・耐久仕上が維持費を抑える最大の武器になる
- 生活導線の終点にこそ、地域飲食の未来がある
【Design Data】
店名: ぽわるぅ(Powaru)
所在地: 神奈川県川崎市中原区木月3-9-36
業態: オムライス専門店
席数: 30席
設計期間: 約3ヶ月/施工期間 約2ヶ月
竣工: 2024年7月
デザインテーマ: 「生活導線の終点にある、可愛いけど落ち着く店」
設計監修: 飲食店デザイン研究所(RDL)
この店舗は、ただのオムライス店ではなく、「人の記憶に残る飲食空間」を目指した一つの実験でもあります。入りたくなり、また来たくなり、行きたくなる。その循環を、空間設計でどう作るか。それが、RDLがこれからも追い続ける“人が集まるデザイン”の原点です。
























