「渋谷の路地」に灯る、小さな非日常の光
クライアントのバー開業支援の一環として訪れたのが、渋谷2丁目の小路に佇むBAR hamon。駅から徒歩7分ほど、喧騒から離れた隠れ家的な立地だが、入り口の大きな「BAR」という看板が強く主張している。これが“隠れ家”なのか“目立ち屋”なのか、その距離感が最初の設計ポイントとなった。
隠れ家バーとは、普通はひっそりと存在し、知っている人だけが辿り着けるという存在である。しかしBAR hamonでは、その期待を裏切るように、大きな看板が目を引く。人通りの少ない路地だからこそ、ここまでしっかりと視認性を確保しているのかもしれない。つまり「わかりやすい隠れ家」を目指しているのだ。
この矛盾を成立させるには、設計と演出による意図的な“ギャップづくり”が求められる。これはブランディングやサイン計画にも関わる重要なデザイン要素だ。
- 路地裏立地で“隠れ家感”演出
- 大きなサインで見逃されない導線制御
- 立地とサインのアンバランスが印象形成に寄与
入口ひと押しで切り替わる非日常空間
扉を開けた瞬間、照明のワンクッションによって外とは違う“別世界”に導かれた。店内は黒を基調にしながら、木のモールディングが柔らかさを加え、深海のような落ち着いた空間を演出。照明は全体的にトーンが抑えられ、視界は限定されるが、それが逆に“見えないもの”を想像させる演出になっている。
特筆すべきはトイレ空間だ。ブルーをベースにした空間に、ガラス素材がキラキラと反射し、まるで水中に浮かんでいるような感覚になる。トイレという日常的な空間を、非日常の装置に昇華させるデザインは、全体コンセプトの貫通力を証明している。
- 照明設計で「外→内」の明確な切り替え
- 黒×木で“深海的”静けさと温もりの両立
- トイレ演出に見る“小空間の設計美学”
直線カウンターがつなぐ視線と会話
BAR hamonの中心には、直線型のカウンターが据えられている。このカウンターが空間の軸となり、左右に広がるテーブル席と自然につながっている。直線カウンターは、放射状に比べて視線の届く範囲が限定されやすいが、それが逆に“集中”を生む効果を持つ。
アーチ状の下がり壁で、空間の雰囲気が緩やかに分節されており、カウンター席とテーブル席が一体でありながらも、過ごし方を変えられる設計になっている。
- カウンターは直線配置で空間の軸を形成
- アーチ壁でゾーニングしながら一体感を保つ
- 席配置が会話と静けさの両立に寄与
メニューを排した“会話が生まれる注文”設計
驚くべきことに、BAR hamonにはメニューが存在しない。訪れた我々は、「こんな感じの味で」「柑橘系で少しスモーキーな感じ」など、抽象的なオーダーを言葉で伝えると、バーテンダーがそれを的確に汲み取り、一杯のカクテルを創り出してくれる。
これは、空間の中で“対話”を主軸に据えた設計思想だ。メニューがあると、どうしても視線が紙に落ち、無言の時間が生まれる。しかしこの店では、自然と会話が生まれ、客とスタッフ、あるいは客同士の関係が育まれていく。
- メニュー非設置で視線と会話が生まれる
- スタッフとの信頼形成が前提のオペレーション
- 注文という行為を“体験”に昇華
2人オペレーションを支える動線設計
この日は2名のスタッフで店を切り盛りしていた。1人はカウンター、もう1人はフロア担当。カウンター背面の棚や冷蔵庫、手洗い設備などは最小限の動きで使えるよう設計されており、非常にコンパクトで効率的な動線が印象的だった。
これにより、2人だけでも余裕を持ってサービスが提供できていた。少人数で運営するスモールバーにおいては、空間そのものが“スタッフの手となり足となる”ような設計が求められる。
- スタッフ2名でも対応可能な導線計画
- バックヤード機能をカウンター裏に集約
- オペレーションと空間の一体設計
客単価5,000円に潜む“デザイン価値”の設計
この日のお会計は、4人で約20,000円。つまり1人あたり5,000円前後の価格帯だ。カクテル単体で見れば、少し高く感じるかもしれない。しかし空間体験や接客、演出を含めたトータルの“時間価値”として捉えると、むしろ適正か、それ以上の価値があると感じた。
バー業態は、料理のように“目に見える原価”ではなく、“感じられる雰囲気”で価格が決まる。その点で、BAR hamonは空間と演出が価格を支える要素として機能していた。
- 商品単体ではなく“体験”としての価格設定
- 納得感は空間と接客が作り出す
- 空間価値が単価を裏付ける設計戦略
ネット情報が少ない!?「BAR hamon」の立ち位置
Instagramでは営業情報(18時〜2時、日曜休業・席料1,000円)を定期的に発信しており、食べログ・BAR‑NAVIでは15席・喫煙可・クレカ対応などの基本情報が記載されている。メディア系では「磨き抜かれた一枚板カウンターと静かな大人の時間空間」と紹介され、ファン層には30〜40代の落ち着いた大人が多い印象だ。
匿名性を守りながらも、しっかりと情報発信するこのバランスも、実は“情報設計”という名のブランディングである。
- 営業情報はInstagramでシンプルに公開
- オン・オフのメディアで情報を調整
- 匿名性と発信性の絶妙なバランス
店舗概要まとめ
項目 | 内容 |
---|---|
店名 | BAR hamon |
住所 | 東京都渋谷区渋谷2‑5‑3 第二クレド渋谷ビル101 |
最寄駅 | 渋谷駅 徒歩約7分・表参道駅徒歩10分 |
営業時間 | 18:00〜2:00、定休日日曜 |
席数 | 約15席 |
客単価 | 約5,000円(実測値) |
席構成 | 直線カウンター+テーブル席 |
スタッフ数 | 2名 |
サービス料 | 席料1,000円/人(Instagram情報) |
支払い方法 | クレジット(JCB, AMEX)対応 |
喫煙席 | 喫煙可 |
“場の空気”までも設計するということ
BAR hamonは、素材や照明で“空間”を整えるだけでなく、そこに居る人の感情や体験—すなわち“場の空気”をも設計している。その意味で、照度、動線、ゾーニング、会話誘導、情報発信に至るまで、一貫した設計の思想が貫かれている。
これから飲食店の開業を目指すオーナーには、ハード面(設計)とソフト面(運営・体験)をどちらも“設計する”視点が重要であることを、BAR hamonは静かに、しかし強く示している。