はじめに:なぜこの店に訪れたのか?
飲食店の設計と経営の両面を学ぶ中で、大阪支店代表・武久さんから「何度か行っているお気に入りの焼き鳥店がある」と紹介されたのがきっかけでした。彼が通うということは、味だけでなく空間にも何かしらの魅力があるに違いない──そう思い、足を運びました。
店舗概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 店名 | やきとり 温 |
| 所在地 | 〒541-0046 大阪府大阪市中央区平野町2丁目2−2 |
| 業態 | 焼き鳥(創作系) |
| 席数 | 12席(カウンター+テーブル) |
| 客単価 | ¥8,000~¥9,999 |
外観は“無口”で語る|紹介制を感じさせるファサードの力

店頭に立った瞬間、目を引いたのは、無機質な波板で覆われた外壁と、控えめなサイン。それ以外の情報はまったくありません。紹介がなければ、飲食店とは気づかず通り過ぎてしまいそうなほど静かでストイックな外観。
これは意図的な「入口の設計」であり、紹介制や常連向けという“ラグジュアリーの見えない演出”ともいえる設計戦略です。知っている人だけが入れる、そう思わせる演出は、ブランディングとしては非常に強く働きます。一方で、初見のお客にとっては、やや“入りにくさ”があるのも事実。集客とのバランスには注意が必要です。
外観デザインのポイント
- 看板以外の情報を削ぎ落としたファサード
- 波板の無骨さと無表情さが「入る理由」を求めさせる
- 情報がないことが“知る人ぞ知る”感につながるブランディング
- 入りにくさもあるため、紹介やSNSでの誘導が必要
カウンターが店主の舞台になる|導線を極めたレイアウト

入店してまず感じたのは、厨房とカウンターが一体となった非常に効率的な空間構成。入口近くに4名用テーブル席、その奥にカウンターが続きます。
厨房から直接提供できる設計で、2名体制でも無理なく回せるレイアウト。調理・提供・会計のすべてをカウンター越しで完結できるこの構成は、無駄がなく、理想的とも言えます。
しかし逆に言えば、演出性やホスピタリティの“演出余白”が少ないとも感じました。スタッフの動きはスムーズで洗練されている一方で、接客そのものは最低限。あくまで「料理を出す場」として割り切った設計に感じられます。
空間・動線設計のポイント
- カウンター内完結のオペレーション設計
- サービスと厨房機能のバランスを保った12席構成
- 最小限の動線で最大の提供効率を実現
- 接客の距離感は好みが分かれるかもしれない
創作焼き鳥の「遊び心」と「少量設計」|メニューと客層の戦略

注文したのはおまかせコース。スタートは鳥刺しでしたが、やや厚みがあり、弾力が強すぎて好みが分かれそうな印象。その後の焼き物に関しては、非常に創作性が高く、一品ごとに「これは何だろう?」と楽しませてくれる工夫が感じられました。
ただし、味のクオリティにばらつきがある印象も拭えません。すべてが感動的に美味しいというわけではなく、「面白いけど人を選ぶ味」とも言えそうです。食の保守的な人や王道の焼き鳥を求める人には向かないかもしれません。
ポーションは全体的に少なめで、女性やミドル層にはちょうどよく、お酒を片手に少量ずつ楽しむスタイルに合っています。
メニュー・客層戦略のポイント
- 味よりも“意外性”や“驚き”に重きを置いた構成
- 普段使いというより「記憶に残す」演出型メニュー
- 少量多品目設計で女性・富裕層を狙う
- 味の完成度にばらつきがあり、好みが分かれる可能性あり
接客は“必要最小限”で設計される|2名体制でのスマートな運営

スタッフは2名体制。調理とホールの分業がしっかりしており、非常に無駄のないオペレーションでした。料理提供のスピードも適切で、気になる点は特にありません。
ただ、接客は最低限。こちらから話しかければ応じてくれますが、積極的な説明や提案は一切なし。良く言えば“心地よい距離感”ですが、人によっては“やや素っ気ない”と感じるかもしれません。
空間自体が静かで、語らない設計なので、スタッフの態度もそれに準じているのかもしれません。そこに共感できるかどうかが、好き嫌いの分かれ目になりそうです。
オペレーション設計のポイント
- 接客は“気配だけ”の控えめスタイル
- 動線とメニューを最適化し、2名体制でも無理がない
- 無駄なサービスを削り、提供に集中する構成
- 接客の少なさを「スタイル」として楽しめるかが鍵
この設計にいくら払えるか?|空間と価格のバランスを考える

3人で訪問し、会計は26,800円。1人あたり約9,000円。決して高すぎるわけではないが、内容とのバランスを考えると、「7,500円前後がちょうどよいのでは?」というのが正直な感想です。
もちろん、価格には立地や空間、提供スタイルも含まれますが、ボリューム感と味の安定性を求める人にとっては、やや割高に感じる可能性があります。コース内容の満足感と価格の印象が少しズレているのは否めません。
価格と価値の設計ポイント
- 価格帯は非日常の外食体験に適したライン
- デザインとオペレーションの工夫が価格設定に反映されているか?
- コストパフォーマンスには賛否両論の余地あり
- 記念日・紹介制としての特別感は◎、日常利用には△
おわりに:設計者視点から見た「やきとり 温」の学びとは?

この店舗から得た一番の学びは、「オペレーションから逆算された設計」が見事にハマっていること。豪華な素材や装飾に頼らず、導線・ファサード・席構成までが“必要な最小限”で構成され、無駄がない。
一方で、「感動的な味体験」や「接客による満足度の向上」といったプラスアルファの部分では、やや物足りなさも残る設計でした。設計も料理も“好きな人には刺さるけど、万人受けはしない”という店舗です。
だからこそ、これから飲食店を開業する方には、「自分のお店は誰に来てほしいか?」「一度来てくれた人にどう感じてほしいか?」ということを、設計とサービスの両面から突き詰めて考える大切さを伝えたい。
この店のように“語らない設計”もまた一つの戦略。設計は「情報の量」と「距離感」をどう設計するか──その選択が、空間の体験を大きく左右することを、改めて実感しました。
























